大江戸シンデレラ

久喜萬字屋を出た舞ひつるは、裾の長い黄八丈の(つま)を取って帯に挟み、小走り気味に江戸町二丁目の大通りを()く。

いくら吉原といえども、昼見世前のこの(とき)、往き交う人の数は滅法(めっぽう)少ない。

通りには、(くるわ)での居続けを決め込むものの揚代(おあし)が足りずに見世から追ん出された客や、天秤棒を担いで魚や野菜などを売り歩く棒手振(ぼてふ)りが、幾人か流しているだけだ。

その間を難なく通り過ぎた舞ひつるは、四ツ辻を左へ曲がった。

とたんに道幅が狭くなって、さらに人通りもなくなった小路を奥に進めば、伏見町の横丁に出る。
その横丁を右に曲がって、まっすぐ歩いて行ったどん突きが、目指す明石稲荷だ。

舞ひつるは、伏見町に出る角を右に曲がった。

すると、三間(約五.四五メートル)ほど先に、おなごの姿が見えた。
同じように先を急ぐのか、小走りだ。

すらりとした体躯(からだ)の、まるで鳥居清長の美人図から抜け出てきたかのごとき後ろ姿であった。
大通りに見世を構えた、何処(どこ)ぞの(くるわ)の遊女であろう。

その刹那、おなごが振り返った。

何とはなしに避けねばならぬような心持ちになり、舞ひつるは咄嗟(とっさ)に空き家と思われる軒を連ねた仕舞屋(しもたや)の陰に、すっと身を隠した。

そして其処(そこ)から、おなごの顔を覗き見た。


——おや、まぁ……玉ノ緒でなんし。

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