大江戸シンデレラ

——若さまは……

玉ノ緒とも()うていなんして……
しかも「真名(まな)」で呼んでいなんしたか……


見世から禁じられているにもかかわらず、おのれの真名を教えた玉ノ緒の、兵馬への直向(ひたむ)きな想いが痛いほど伝わってきた。

先日、玉ノ緒が涙に濡れた目で、

『もし……淡路屋さんのお相手がわっちらではのうて、羽衣姐さんらでいなんしたら……』

若旦那(主さん)は……舞ひつるを身請けしていなんしたかもしれなんし』

と云っていたのは……

淡路屋にはおのれではなく、舞ひつるが落籍()かれればよかったのに、という意味であったのだ。

大店(おおだな)の若内儀(おかみ)の座を蹴ってでも……
()の当たらぬ妾という立場であってでも……
兵馬の(そば)(こいねが)うがゆえである。

それに引きかえ、かような場にしゃがみ込んで、こそこそと他人(ひと)の話に聞き耳を立てている我が身が……うす汚く思えてきて、次第に情けなくなり、()りきれない思いに包まれた。

心の臓の早鐘が鳴り()まない。


舞ひつるはよろけつつも、なんとか音を立てずに立ち上がった。

小堂の二人に気づかれないように用心を重ねながら、そーっと地道を通って鳥居の外に出る。

そして、明石稲荷をあとにした。

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