大江戸シンデレラ

一階(した)の内所へ降りていくと、お内儀(かみ)がいて、

「……あぁ、舞ひつる、お入り。
いきなり稽古ちゅうに呼んで悪かったね」

と、座敷に招じ入れられた。

誠にめずらしきことに、お内儀の隣には莨盆(たばこぼん)を挟んで、見世の主人(あるじ)懐手(ふところで)をして座している。

久喜萬字屋(くきまんじや)は主人であるこの長兵衛(ちょうべえ)よりも、(おんな)たちから「お内儀(っか)さん」と呼ばれているおつた(・・・)()っていた。

ゆえに、見世で長兵衛を見ることは滅多とない。
いわゆる「髪結いの亭主」だ。

町家言葉のおつた(・・・)は遊女でも女郎でもなく、そもそもは吉原に伝手(つて)のあった浅草の料理茶屋の娘で、年頃には店の手伝いをしていた。

おつたの客あしらいの見事さに目をつけた久喜萬字屋の先代に「()()とも我が(せがれ)の嫁に」と望まれ、以後この家の稼業にどっぷりと浸かることになった。


旦那(おまえ)さま、舞ひつるが参ってござんすよ」

おつたが莨盆の向こうの長兵衛に目を遣る。

だが、長兵衛は「……うむ」と一度肯きはしたものの、懐手を解くことはなかった。

その刹那、おつたの目が鋭く尖った。
しかしながら、はぁ、と一つため息を吐くと、丸髷に結った髪から簪を一本引き抜き、かりかりと地肌を掻いて気を取り直す。

そして、改めて舞ひつるに向き直った。


「……舞ひつる、ようお聞き」

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