大江戸シンデレラ
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難儀なことになってしまった。

内所から出た舞ひつるは、途方に暮れた。

まさか、我が身が「身請」されるなど、今の今まで思ってもみなかった。

しかも、何処(どこ)に遣られるのかは教えてもらえない、ときている。

「ありがたき幸せ」などとは、つゆほども思えなかった。


どうしても、すぐには二階の羽衣の座敷に戻る気になれない舞ひつるは、中庭に面した渡り廊下の隅に(たたず)む。

いくら目の前に、江戸でも指折りの植木職人たちが腕を振るい丹精込めて造りあげた、久喜萬字屋ご自慢の見事な庭園が広がっていようとも、今の舞ひつるの目にはなにも映っていなかった。

たとえそれが、桜の花が今を盛りに咲き乱れる絶景であろうとも、まったく同じことであっただろう。


四方をお歯黒どぶに囲まれた苦界と呼ばれる地に生まれ落ちてこの方、唯一の出入り口である大門より向こうへは数えるほどしか出たことのない籠の鳥であった。

されども、不自由に感じたことはただの一度もない。

三代続く遊び()の家系で、祖母も母もこの吉原(なか)今生(こんじょう)(まっと)うした。

ゆえに、かような生い立ちも決して(うら)むことなく、至極当然のことだと受け止めてきた。

むしろ、何の(まも)りもない娑婆(そと)の暮らしの方が、よっぽど恐ろしかった。

さらに、なによりも舞ひつるを打ちのめしたのが……


——わっちは、もう……
祖母(ばば)さまやおっ()さんのように、この久喜萬字屋で……

「呼出」になれのうなってしまいなんし……

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