三日月と狼
ヒロは花澄の気持ちが痛いほどわかる。

自分が花澄に抱く気持ちと同じように
花澄もケイに報われない片思いをしているからだ。

落胆して部屋に戻ろうとする花澄の腕を掴んで
堪らずに思いを口にした。

「花澄ちゃん、俺じゃダメかな?」

若い頃によく観てた恋愛ドラマのようなセリフが急にヒロの口から出て、花澄は一瞬戸惑った。

「え?」

ヒロとどうかなるなんて今の花澄には無理だ。

それでもはっきり断らないのは居場所を失いたくないからだ。

ヒロはそれを察したのか
花澄が答えに困っているとまたそれを冗談で誤魔化した。

「なーんて、花澄ちゃん、ケイにちゃんと言わないとこのまま平行線だよ?

花澄ちゃんくらい素敵な人、俺ならいつでもウェルカムだけどなー。

だから自信持って伝えてみたら?」

ヒロは咄嗟に自分の気持ちを引っ込め、
逆に花澄の背中を押した。

花澄は少しホッとしたが、この時から少しずつヒロを意識するようになった。

それでも自分が好きなのはケイで
ヒロのことはいい人だと思うが
男としては全く考えられなかった。

何となく接しづらくなったし、二人きりになると居心地が悪くなった。

ヒロの気持ちをわかってはいたが、
はっきり言葉にされると気持ちが重くなった。

ヒロも何となくそれを察して
しばらくすると花澄に挨拶もしないでまた海外へ出かけていった。

「あれ?ヒロさんは?」

姿の見えないヒロを心配してケイに聞くと

「海外へ行ったみたいです。

2週間は帰らないと思いますよ。」

と答えが返ってきた。

「今度はどこ?」

「さぁ、朝起きたら置き手紙があって…
また海外へ行くからしばらく留守にするって…
行き先は書いてなかったんです。」

花澄は自分に何も言わずに出て行ったヒロの気持ちがわかる。

「そうなんだ。」

不思議なものでヒロが居ないと家がガランとしてなんとなく寂しい気持ちになった。

あの大きな笑い声も聞こえない。

花澄はヒロの存在の大きさに改めて気付く。

花澄にとって今までヒロは男ではなかったが、
この前、ヒロに想いを伝えられて
今は明らかに男として意識している。

「花澄さん、ヒロさんのこと本当のところどう思ってます?」

突然のケイの問いかけは花澄をかなり困惑させた。

何故ケイにそんなことを聞かれなきゃならないのかと思うとどう答えたらいいか分からない。

「え?どうって良い人だなぁって思うよ。
楽しいし、明るくて優しいし。」

花澄は答えながら胸がチクチクと痛むのを感じている。

ヒロの存在は気にはなるが
あくまでも今、花澄が恋しているのは目の前のケイなのだ。

しかしケイは追い討ちをかけるように核心を突いてきた。

「ヒロさんの気持ち気付いてますよね?」

花澄はどう答えていいか分からずケイから目を逸らした。

「ヒロさんと付き合ってみる気とか…ありませんか?」

「え?」

花澄にとってそれはあなたに興味はありませんと言われているようなモノだった。


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