三日月と狼
「お前だって忘れられなかったハズだ。」

恭司は息を切らすこともなくゆっくりと花澄に顔を近づけて花澄の耳元で囁いた。

「花澄…俺はまだお前を愛してるよ。」

恭司の息が耳にかかり、
花澄の身体は震えた。

「相変わらず、ここが弱いな。」

恭司はその耳に触れ、
花澄の前に立ち、
そしてまっすぐ花澄の目を見た。

花澄は目を合わせることも出来ず
ただ震えていた。

「また逢ってくれるだろ?」

花澄はもう動けなかった。

怖くて声も出せず、
逃げようとしてももう脚が動かなかった。

恭司は花澄のバッグからスマートフォンを取り出すと自分の番号を押し、着信を確かめると
花澄の手に戻した。

「また連絡する。」

そして花澄に口付けた。

舌で口をこじ開け、ねっとりとしたキスを交わす。

花澄の中に恭司との愛の記憶が蘇る。

足元から崩れ落ちそうだった。

「続きは今度ゆっくりしよう。」

恭司は微笑むと、花澄の髪を撫でてその場から立ち去った。

花澄はそのまましばらく動けなかった。

瞳から温かい涙が伝ってこぼれ落ちるのも気がつかないほど
花澄は怖くて一歩も動けなかったのだ。

どうしてもっと強く恭司を拒めなかったのだろうと、後から何度も後悔した。

このまま恭司とまた昔のようにズルズルと関係を続けたくなかった。

花澄は重い足取りで家にやっと辿り着いた。

するとヒロが帰っていて、玄関まで花澄を迎えに来た。

「花澄ちゃん、お帰り。

ただいまって言うべきかな?」

ヒロが優しい笑顔で花澄を迎え
ケイはただその姿を見ていた。

花澄はヒロの笑顔で少し気持ちが楽になった。

その時、助けてくれる人はここにいると思った。

頼りになるのは今、自分に好意を持つヒロしか居ない。

すでに花澄にはヒロを利用する事に躊躇う余裕はなかった。




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