三日月と狼
ホテルの窓から細く儚げな三日月が見える。

花澄はその月を見ながらため息をついた。

将輝は営みが終わると背を向けて眠ってしまった。

花澄はバスタブにお湯を張り
ゆっくりと身体を温めた。

このまま消えてしまいたいと何度も思う。

この先何十年も将輝に負い目を感じて暮らす自信もなければ
離婚して一人で暮らしていく自信もなかった。

次の日、将輝と家に戻り、
将輝はゴルフの打ちっ放しに出かけ
花澄は観たかった映画を観に一人で映画館に足を運んだ。

花澄は昔から一人で映画館に行くのが好きだ。

夫や友人と行くと少なからず相手に気をつかうから、
映画はなるべく一人で観たいと思ってる。

ハリウッド映画より邦画が好きで、
サスペンス映画が何より好きだった。

その日観た映画はとても後味が悪かった。

犯人がどんな気持ちで殺人者になったのかなど
花澄はすぐ感情移入してしまうのだ。

最後は愛を守り通すために自らの命を捨てるのだが
あまりに悲しくて涙が止まらず
映画館のトイレでしばらく真っ赤な目と鼻が戻るのを待ったくらいだ。

でもこうして泣くのも花澄にとってはストレス解消になる。

「大丈夫ですか?」

映画館を出たところで、突然若い男が声をかけて来た。

「え?」

「ずっと泣いてましたよね。」

「あー、ラストがすごく悲しいかったから。」

「たしかに…そうでしたね。

一人ですか?」

「え?あ、はい。
映画はほとんど一人で観に来ます。

集中したいから。」

「あー、わかります。」

目の前の若い知らない男は
調子が良くて危険な感じがしたが、
その姿はあまりに眩しくて美しくて
花澄はしばらく見惚れてしまった。

「あの…僕の顔になんか付いてますか?」

「い、いえ、すいません。
あんまり綺麗な顔してるから…」

思わず本当の事を口に出してしまい、
花澄は慌ててしまった。

すると若い男は少し微笑んで首を横に振った。

「ありがとうって言うべきですかね?

でも褒められて悪い気はしません。

あの…もしよかったらお茶でも飲みませんか?」

「え?私と?」

花澄は一瞬、たじろいだ。

こんな綺麗な若い男に声をかけられるなんて夢見たいな話だけど
半分、何かの勧誘とか詐欺師なのかもしれないと頭が拒否した。

それを悟ったように男が言った。

「あの…怪しいとか思ってますよね?

そうじゃなくてなんて言うか…

そういう邪な意味じゃなくて…この映画の話を誰かとしたくて…って言っても普通そう思いますよね?」

男はあまりにも照れながら、否定していたので
花澄はなんだか可愛いと思ってしまった。

「いいですよ。お茶くらいなら時間もあるし…」

「本当ですか?」

それがケイとの出会いだった。

ナンパみたいだけど…
蓋を開けてみたらそれとは全然違った。

しかし、その出会いが花澄の人生を大きく変えることになるとは夢にも思ってなかった。



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