キンヨウビノヒミツ+彼女が忘れた金曜日+
「ごめん、起こしちゃった? シャワー浴びる?」
「ん……もう眠すぎるからいい」
後味の悪い夢の余韻を振り切りたくて抱きしめた井上の髪は、シャワーを浴びる前のフローラルな香ではなく、俺が普段使っているシャンプーと同じミントの香りがした。
「昔さ、同じサークルだったやつが遠恋だった彼女と別れたあとに『遠くのステーキより近くのハンバーグ』っつってたんだよ」
要は、そいつは高校時代から付き合ってた遠距離恋愛の彼女から、同じサークルの女子に乗り換えたっていうよくある話。で、直ぐに別れたけど。
「結局、俺も遠距離上手くいかなかったし、現実はそんなもんなんかなーって思ったんだけど…… 俺さ、やっぱどっちも嫌だ。遠くのステーキも、近くのハンバーグも」
腕に力を込めて井上を強く抱き締めた。
「近くのステーキが絶対いいに決まってんじゃん」
ふふっと井上が腕の中で笑った。
「どうしたの? 急に」
「俺、転勤するんだって」
腕の中で井上が顔を上げた気配がした。
「今日言われた。俺、来月から青森なんだって。いやだよ、井上置いてくの。だから、一緒に来て欲しい。いきなり一緒に住むの、心配だったら来月までお試しで一緒に暮らしてさ」
井上が答えなかったのか、答える前に俺が寝たのかは知らない。だけど、ぎゅっと胸にしがみついてきた井上を抱きしめてもう一度眠りに落ちた。