キンヨウビノヒミツ+彼女が忘れた金曜日+

「井上、大丈夫か?」

 しゃがみ込んだままケホケホと咳込む井上の背中をさする。「大丈夫……」と微かにかすれた声はしたものの、相変わらずしゃがみ込んだまま動かない。

「タクシー乗るか?」

 井上が具合が悪そうだったのもあるけれど、俺自身も、正直地下鉄に乗るのはちょっと憚られる状態になってしまっていた。

「たくしー……?まって、乗り物、今乗りたくないかも」

 その返事に、じゃぁどうすんだ? と苦笑が漏れた。

「……とりあえずさ、洗濯すればいいんじゃない?」

「は?」

「今、乗り物乗ったら、また吐きそうだから乗りたくないし。前橋君の服は何とかしたいし……」

 そりゃ、俺の服は何とかしたいよ。もちろん。でも、どこで洗うっていうんだよ?

 そんな俺の心配を他所に、ホントに具合悪いのか? と聞きたくなるような様子ですっくと立ちあがった井上は、すぐ近くの通りを入ったところに見える入り口を指した。

「何にもしないし、大丈夫じゃない? 前橋君、何にもしないでしょ?」

 ……何にもしないって……それは……信頼していただいているようで大変光栄ですが、そこ、ラブホの入り口ですけれど? 井上さん。

 そんな色気もへったくれもない流れでホテルに入った俺と井上に、もちろん何かある訳もなく。そもそも俺がワイシャツを洗って部屋に戻ったら、井上は既にベッドで眠っていた訳で。今で観たことが無い酔っぱらった井上が面白かったといえば面白かったけれど、男としては特に美味しいこともなくラブホで一晩を明かしたにもかかわらず、朝起きたら井上の姿は忽然と消えていた。

 えーと? なんかの罰ゲームかコレ?
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