あり得ない男と、あり得ない結末
「まっ、俺が言うことでもないけどな。そろそろ帰るか!」
それは、会社で見せる調子のいい彼そのままだった。
殻を張られた、と思った。
殻は私だけにあるものじゃない。阿賀野さんにだって、きっとある。それに突然に気づかされた。
そして途端に、“今日”という私の人生で一番変わった日が、一気に色あせたように思えたのだ。
「……そうですね」
もう、陽が暮れ始めている。
今から電車に乗ったら、着いた頃にはきっと真っ暗だろう。
そういえば昨日から家に連絡さえしていない。もしかしたら父も母も心配しているかもしれないわ。
早く帰らなくちゃ。
そのとき、小さく地鳴りのような音がした。
「雷かな。急速に雲がでてきたな」
もう手首は掴まれない。前を歩く彼は、すっかり会社にいるときのような軽い調子のままだ。
駅について、切符を買って、ホームに行く。
たくさんの客を乗せて電車が入ってくる。下りるひとたちは、これから予約した宿にでも向かうのだろうか。それとも家路に帰るのだろうか。
この電車で折り返し運転になるらしく、車内点検するために一度扉が閉められた。
次に扉が開いたら、これに乗り込んで、現実に帰る。
これでいいはずなのに、私の胸はなぜかざわついていた。