オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

10

「いえ! あの、お忙しい日は、無理をしなくって大丈夫ですから。都合の付く日だけお待ちしてます」
 慌てた様子で、月子が言う。けれど俺自身、無理を押してでも月子の元に駆け付けたいというのが本音だった。
「あぁ」
「それより明彦さん、さっき私が読み上げたシフト、もしかして全部暗記してしまったんですか?」
「当然だろう? 俺が月子のシフトを、一日たりと聞き漏らす訳がない」
 さも当然と胸を張る俺に、月子は目を丸くした。
「すごい。……あ、それじゃ明彦さん、すみませんがバイトに行くのでこれで失礼します」
 そうなのだ。聞かされたシフトによれば、なんと今日、月子はこれから弁当屋のシフトに入るのだ。
 俺はもう一度弁当屋に引き返し、弁当と豚汁を買い直そうかと考えた。しかし昨日、月子から食べる分だけ買ってくれと言われていたのを思い出す。
「ああ、また明日行く」
 迷った挙句に、俺はこう答えていた。
「はい! また明日!」
 すると月子は弾けるような笑みを残し、足早に公園に向かった。
 小さくなる月子の背中を見送りながら、俺は決断が正しかった事に、ホッと安堵の息を吐いた。
 ……そうさ、また明日、月子に会える。
 月子の姿が完全に見えなくなると、俺はすっかり冷めた豚汁を啜りながら、歩き出した。
 豚汁は相変わらず、味気ない。しかし月子と顔を合わせ、名前と言葉を交わし、先の約束をした。それだけで、俺の心はすっかりポカポカと温かになっていた。
 再び、ズズッと豚汁を啜る。
「……いや、この豚汁もなかなかどうして捨てたものではないぞ?」
 味気ない豚汁は、月子との再会を経て、その味を少し良くしていた。



< 10 / 95 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop