オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない
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アルバイトに向かう道すがら、葉月の語った言葉がずっと頭の中をぐるぐると回っていた。
葉月は「ねーちゃんに好意持たれて迷惑がる男なんていない」と、そう言った。
だけどそれは、いささか乱暴に思えた。
大概において人は、誰からであれ他者から好意を向けられれば、嬉しいと思うだろう。けれどそれが、明彦さんにも当て嵌まるかと言われれば、自信が無かった。
明彦さんという人は、とても不思議な人。初見での印象通り、明彦さんはどこか浮世離れしている。
もちろん、直接本人に身の上を尋ねる無粋なんてしない。けれど黙っていても、公園の貴公子の噂話は勝手に耳に入ってくる。どうやら明彦さんは、かなりいい家の生まれのようで、皆が面白おかしく囃し立てているのは、度々聞こえてきていた。だけどそんなのは、わざわざ聞かされずとも、明彦さんの持ち物や洗練された所作を見れば瞭然だった。
それとこれは、かなり早い段階で気付いていた。明彦さんの背広の襟で光るのは、弁護士バッジだ。私からその職業を尋ねた事だってもちろんないが、明彦さんは弁護士さんなのだろう。
そんな明彦さんは、当然だが物凄く女性にモテる。公園で明彦さんが弁当を食べていれば、必ずと言っていいほどその周囲に女性達の輪が出来る。皆が明彦さんの注意を引こうと必死で話しかけるのだけど、明彦さんがそれらに取り合っているところは一度も見た事が無い。
どころか、微笑を浮かべて弁当と豚汁に舌鼓を打つ明彦さんの耳に女性達の声が届いているのかが、そもそも疑問だ。
「……ふふふっ、あんなに素敵な人だもん。そりゃ、常人とは違う感性で生きてるよね」
自分で呟いて、妙に納得した。
明彦さんにはきっと、明彦さんだけの基準があるに違いなかった。でなければ、いくら弁当と豚汁が気に入ったからといって、三年近くを通いつめる理由が分からない。
きっと何かが、明彦さんの心の琴線に触れたのだ。
……たぶん、明彦さんの気に入りは豚汁。
「うん。きっと、コース料理しか知らない舌に、庶民の豚汁が思いの外新鮮だったんだよね」
私が三年近くの時を経て行き着いた結論はこれだった。