オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない


 女性はきっと、ある程度私の事を調べた上で接触している。ならば明彦さんが私を「月子」と、下の名前で呼ぶ事も知っているのだろう。
 ……この後の展開が、手に取るように分かった。
「はい、そうですが」
 俯いて、悔しさに拳を握った。 
「だってアンタ、下の名前、月子じゃなかった!? あはっ、あははははっ! 運の尽きって、アンタの親ってすっごいセンス!」
 案の定、次いで女性からもたらされたのは、想像通りの言葉だった。
 握った拳が、小さく震えていた。
「お客さま、お弁当を買われないんでしたら場所を移っていただけますか?」
 私は、努めて冷静に伝えた。
 食って掛かったりでもすれば、それこそ相手の思うツボだ。冷静な対応が、女性の興を削ぐのには、もっとも有効に違いない。
「ハァ!? 私、買わないなんて一言もいってないじゃない!!」
 だけど私の予想に反し、女性はこれまでで一番大きな声を上げ、激昂を隠そうともしなかった。
 女性がピンヒールの足で、弁当の並ぶ販売台を蹴りつける。
 販売台は大きく揺れ、その衝撃で積まれていたのり弁の上のひとつが、販売台の脇に滑り落ちた。のり弁は蓋こそ開いていなかったが、中身が端に寄ってしまっていた。
「申し訳ありません。では、こののり弁をお買い上げでよろしいでしょうか?」
「アンタね! 私の事、誰だと思ってんの!?」
 女性はわなわなと肩を震わせて、ますます声を荒げる。
「私に向かってそんな態度取って、ただで済むと思ってんの!?」
 人から理不尽な扱いを受けた時は悲しい。後になれば、腹立たしいとも思う。
 だけど怒声を浴びせられているその瞬間は、心が恐怖でいっぱいになって、ただただ嵐が去るのを待つしか出来なくなってしまう。
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