オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

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 しばらくは、その場から動く事が出来なかった。
 今日はお昼の販売からシフトに入る予定で支度をしていた。けれど私がやっと重い腰を上げた時、時刻はとうにお昼を回っていた。
「……とりあえず事務所で荷物だけ取って、大学の就職課に行ってみよう」
 私はよろよろとおぼつかない足取りで、四年近く通った公園への道を進んだ。長くしゃがみ込んでいた足は、踏み出すごとにじんじんと痺れた。
 そうして公園正門まであと少しのところ、私の目に長身の人物が飛び込んだ。その人は、公園正門に背を預けるようにして、通りの方を見つめていた。
 え!?
「月子!!」
 あっと思った時には、私に気付いたその人が、一直線にこちらに向かって駆けてきた。
「月子、大丈夫か!? 心配していたんだ!」
「あ、明彦さん!」
 明彦さんは私の肩に手を置くと、眉根を寄せて私を覗き込んだ。
「どうして、明彦さんがここに?」
 答えた私の声は、震えていた。だけど震えているのは、声だけじゃなかった。小さく全身が、震えていた。
 そうして私の意思とは無関係に、頬には熱いものが伝う。
 これは私自身、予想外の事だった。明彦さんを目にした瞬間、勝手に涙が溢れ出て止まらなくってしまった。
 明彦さんは大きく一歩を踏み出して、私との距離をゼロにする。そうして無言のまま、グッと私を広い胸に抱き締めた。
 大きな手が、震える私の肩をトントンと優しく擦る。
「昼に来てみれば、シフトに入っているはずの月子が居ない。店番の女性を問い質し、全て聞かせてもらった」
 急なシフト変更は、パートさんへの連絡が間に合わない。だから今日は、店長が弁当屋の店先に立ったはず。
 明彦さんは店長に聞き、事情を知った……。
「そうでしたか……。明彦さん、ごめんなさい。今日のお昼、待ってるだなんて言っておきながら、私っ……」
 嗚咽で言葉はそれ以上、続かなかった。
「月子、少し落ち着けるところで話そう」
 私が頷いて応えれば、明彦さんは人目から隠すように私の肩をすっぽりと抱き、公園と反対方向に向かってゆっくりと歩き出した。私は明彦さんに半ば寄り掛かるような恰好で足を進めた。
「ここにしよう」
 明彦さんは私を伴って、公園からほど近い喫茶店の扉を潜った。
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