オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

16

「お、なかなかうまいぞ」
 明彦さんの優しさと心遣いが、沁み入るようだった。
 私の胸の中には、これまでずっと敢えて見ないように、蓋をしてきた思いがある。その思いが今、熱を持って膨らんで、内側から蓋を押し上げようと疼く。
 ……だめ、その感情は私が身を任せていいものじゃない。
 私は自らを律するように一度グッと拳を握り、そうしてサンドイッチに手を伸ばす。
「明彦さん、私も同じです。お腹が空いていると、気持ちが弱くなっちゃっていけませんね。このサンドイッチとケーキを食べたら、きっと思考も前向きに変わります。前を向いて、頑張ろうって思えます!」
 そう、私は前だけを向いて走らなきゃ。そうじゃなきゃ、葉月や三つ子たちとの生活が立ち行かない。
「いただきます!」
 私は全ての思考を一旦脇に除け、サンドイッチを頬張った。
 そんな私を明彦さんは、静かに見つめていた。
 サンドイッチとケーキ二個。普段の食事ではありえない量を、私はもくもくと食べた。
 そうすれば不思議なもので、お腹だけじゃなく、心に空いた隙間までもが埋まっていくような気がした。
 私が最後のひと口を食べ終えてフォークを置いた時、明彦さんは既に食事を終えてゆっくりとコーヒーカップを傾けていた。
「明彦さん、さっきは恥ずかしいところをお見せしちゃってすみませんでした」
 私から、口火を切った。
 明彦さんは手にしたカップを、コトンとソーサーに戻す。
 そうして明彦さんは、労わるような眼差しで私を見つめた。
「いいや、月子。四年も務めたアルバイトだったんだ、急にこんな事になれば取り乱して当然だ」
 低く穏やかな明彦さんの声が紡ぐ、優しい言葉。
「俺が昨日、もっと早く店に行っていれば、そんな迷惑行為は絶対に許さなかった。それが悔やまれてならん」
 まるで明彦さんは、私が望む言葉が分かっているみたいに、欲しい言葉だけをくれる。明彦さんの優しさに、胸がジンと熱くなる。
「だがアルバイトは、ちょうど紹介したいところがある。月子さえよければ、明日からでも来てもらいたい。もちろん入社式までの短期で、条件も弁当屋より好条件を提示できる」
 しかも明彦さんから続いてもたらされたのは、思いもよらない有難い申し出だった。
 けれど今となっては、事はアルバイトどころじゃない。状況は、もっと逼迫している。
「明彦さん、せっかくのお話ですが、今はアルバイトどころではなくなってしまって……」
「どういう事だ?」
 明彦さんは、怪訝そうに首を傾げる。
 それも当然で、明彦さんは私の内定取り消しを知らない。
「実は、内定が取り消しになってしまったんです。だからアルバイトより、就職活動が最優先になります。なんとしても、後一ヵ月で新しい就職先を決めないと……」
 改めて口にすれば、事態の深刻さにギュッと心臓が締め付けられる。俯いて、震えそうになる唇を噛みしめた。
 もう、好条件は望めない。だけど、今はどんな就職先でもいい。
 家族の事を考えれば、なんとしても就職浪人だけは避けなければならなかった。
「少し待ってくれ」
 向かいから、明彦さんの声がかかる。
< 31 / 95 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop