オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない
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俯いていた顔を上げれば、明彦さんが眉間に皺を寄せ、とても厳しい顔をしていた。
「その内定取り消しは、弁当屋で昨日被ったトラブルと関係しているのか?」
静かだけど、険しい声だと思った。
「あ、はい。表向きは業績悪化と言ってましたけど、十中八九私が怒らせた女性が関わっていると思います」
「……弁当屋の店長からは、月子の接客に怒った女性客が公園の運営に猛烈な抗議クレームを入れたと聞いている。けっして褒められた事ではないが、こういったクレームで名指しされたスタッフの首が切られるケースも、接客の現場ではままある。しかし、一店員に対しての腹立ちでその店員の身許を割って就職妨害となると、異常と言わざるを得ない。法的措置に踏み切るべきだ」
弁護士資格を持つ明彦さんが言うのなら、きっとそれが正解なのだろう。
だけど、私にとっての正解は、それではない。
「明彦さん、ありがとうございます。だけど私には家族やお弁当屋さん、周囲を巻き込んでそれにかける時間とお金が惜しいです。仮に訴訟で勝ってお金が戻ったとしても、新卒という今の時間は戻りません。なにより目の前で日々、お金が出て行く実情があります。だから私は、法的措置を望みません。今すべきは、就職活動と決めています。さっそくこの後、大学の就職課に行ってきます」
言葉にした事で、私自身今後の指針が明確に定まった。
私の言葉に明彦さんが本当の意味で納得したかどうかは分からない。
「……そうか」
だけど明彦さんはただ一言、そう言って静かに頷いた。
場に、しばしの沈黙が満ちる。
「……あ、あの。最初に明彦さんがおっしゃっていたアルバイトなんですけど、遅い時間だけ雇っていただくというのは可能なんでしょうか? 昼間の時間は全て、就職活動のために空けておきたいんですけど、やっぱり差し迫って生活費も必要……」
言いかけて、気付く。向かいの明彦さんが眉根を寄せ、ジッと私を見つめていた。
や、やだ! 私ってばなんて虫のいい事を口走ってしまったんだろう!
「ご、ごめんなさい! 今のは忘れてください! 私、なんて自分勝手な事をっ!」
明彦さんは調子のよすぎる私の言葉に、呆れてしまった事だろう。
「……月子、アルバイトの件、就職活動の件、どちらも今日一日だけ待って欲しい」
「え?」
すぐには、言われた言葉の意味が分からなかった。
「特に就職活動は、急ぎたい気持ちは分かる。だが、これまでの俺との三年間に免じて今日一日、活動を待って欲しい」
「……ええっと。それはこの後、就職課に行くなと、そういう事ですか?」
「ああ」
私はしばし、考え込んだ。
それは私にとって、物凄く勇気のいる決断だった。本音を言えば、差し迫った状況の中で、一日だって無駄にしたくなかった。
だけど、明彦さんとの三年に及ぶ交流と絆もまた、私にとって大きかった。
「分かりました。今日は就職課には行きません」
「恩に着る!」
明彦さんは私に向かい、ガバッと頭をさげた。
「ちょっ!? 明彦さん、頭を上げてください!!」
ギョッとして、私は大慌てで明彦さんの肩を叩いた。
そもそも明彦さんが私に対して「恩に着る」だなんて、言う事自体がおかしいし、頭を下げるなんて以ての外だ。