オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない
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実を言えば、就職活動に際し、OGAMIグループが真っ先に脳裏に浮かんだ。
だけど結局、OGAMIグループをはじめとしたグローバル企業は全てエントリーを見送った。募集要項に、国内外への転勤の可能性の表記があったからだ。
「明彦さん、せっかくのお話ですが、私は今日お話しした通り、幼い弟たちの母親代わりでもあります。OGAMIグループは国内外に支社を持っていますから、地方や海外への配属リスクを考えたら、私がOGAMIグループでお勤めするのは難しいです。母が不在中に、間違っても家を空ける訳にはいきませんから」
『確か母親が、春の行楽シーズンの後に、契約満了で戻って来るといっていなかったか? たとえば五月のゴールデンウィークまでを母親の契約期間と考えても、我が社は六月の仮配属まで全員が東京本社での勤務となる。母親の不在中に泊りがけになるような研修も予定していない。九月になると海外研修があるが、その頃には母親が戻ってきているだろう? だから母親の不在中に家を空ける事態にはなりようがない』
私の不安に対し、明彦さんはゆっくりとした口調で、初年度のタイムスケジュールを語る。
『……配属先に関しても、俺が月子を一人地方になどやる訳が……と、とにかく! なんの問題もない!』
電話が遠かったのか、台詞の一部が聞こえなかった。
けれど最後の、明彦さんの力強い断言が、私の背中を押した。
「……は、はい」
気付けば私は、是と頷いていた。
『よし! 入社に際し、必要書類は自宅に送付する。それから月子、アルバイトに関しても、内定者アルバイトとしてOGAMIグループで受け入れる。ちょうど俺が勤務する経営企画室に事務補助が一人欲しいと思っていたんだ。俺の独断で申し訳ないが、今月は弁当屋のシフト日に重なるように勤務予定を入れさせてもらった。さっそく明日の9時から来てくれ。終業は5時と早いが、弁当屋よりも時給を高く設定してあるから、月子の収入は減らん』
トントン拍子に、話が進んでいく。
「は、はい……」
私は半ば放心状態のまま、明彦さんの言葉に頷くのが精一杯だった。
『では月子、詳しい話は明日しよう。今日は色々あって疲れているだろう。ゆっくり休め、おやすみ』
「おやすみなさい……」
電話を切ると、私はフラフラとシンクに寄り掛かった。
俄かには信じる事が出来なかった。
「私が、OGAMIグループで働けるなんて……」
だけど実際に口にしてみれば、どうしようもないくらい心が高揚した。
本当は、ずっとずっと憧れていた。だけど憧れは単に、華々しいその業績にだけじゃない。
OGAMIグループは不動産をはじめとした多くの事業を展開しているけれど、その中核は創業当時から人々に夢を与えるアミューズメント開発。
うちは裕福とはいえない家庭環境だから、行楽に出向く事はほとんどない。そんな中、一度だけ家族でOGAMIパークに行った事がある。
その時は、一郎たちはもちろん、葉月もお母さんも皆が笑っていた。
私は、OGAMIパークは皆を笑顔にする素晴らしい所だと感嘆した。
就職活動に際し、心の中では、私もOGAMIグループの一員として笑顔を作り出す仕事の一端を担えたら……、そんな未来の夢を見た。だけど所詮、夢は夢。私は結局、会社四季報のOGAMIグループの頁をそっと閉じた。
……それなのに、こんなに上手い話が、あっていいのだろうか?
カタン――。
台所の戸口から上がった物音に、振り返る。