オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

「葉月」
 そこには、微笑みを浮かべた葉月が立っていた。
「ねーちゃん、よかったじゃん。ほんとはねーちゃん、OGAMIグループが第一希望だったろ?」
 葉月の言葉はまたしても、私の想像の上をいくものだった。
「……どうして?」
 胸の内はともかく、私が葉月に対してOGAMIグループに就職したいだなんて語った事は、これまで一度もなかった。
「ねーちゃんの持ってた会社四季報、OGAMIグループの頁だけ、物凄い読み癖がついてたから。ねーちゃんが何度もOGAMIグループの頁を見てたんだろうなっていうのは、すぐに分かったよ」
 寄越されたまさかの答えに、返す言葉に窮した。
「それにしたって、ねーちゃんの明彦さんって半端ないのな。俺さ、まさかここまで凄い人だなんて思いもしなかったよ。本音を言えば、ねーちゃん取られて悔しいなーとか、少しあったんだけど、ここまで突き抜けた正体知っちゃうと、悔しいと思う隙すらないんだから不思議だよ」
「葉月……」
 昔から、葉月はよく家族の状況を見てた。そうしてよく見て、知っているからこそ、自分の欲求や要望を後回しにして、いつだって母や私、小さい弟たちを優先してきた。
 私はそれを、申し訳ないと思っていた。
 だけど大変な状況だからこそ、もう一歩踏み込んで、これを一緒に手伝って? これは葉月がやってもらえる? そんなふうに、頼ってみてもよかったのだろうと、今はそう思えた。
「ねーちゃん、チャンスは掴まなきゃ駄目だろ? OGAMIグループに入ってさ、ねーちゃんの実力、目一杯発揮したらいいよ。うちの事は気にせずさ、海外でも地方でも行って来たらいいんだ。言ったろう? 春からは俺も大学生になる、もっと俺を頼ってよ?」
 気付いた時には、葉月の胸に飛び込んでいた。
「ありがとう葉月!」
 葉月は危なげなく私を胸に抱きとめる。迷いはもう、なかった。
「葉月、ねーちゃんOGAMIグループに入社する! それで、頑張って働く! だけど頑張るのは、お金のためだけじゃない。OGAMIグループが世の中に、もっともっと多くの夢を生み出せるように、私もその一員となって働くの! それで万が一、私が家を空ける事になったら、その時はお願いね! ……あ、でも母さんも帰って来てるか」
「はははっ、母さんいたって俺に任せてくれていいよ!」
 葉月は私の背中をポンポンと叩き、頼もしく頷いてみせた。
「うん!」
 この時、私の胸には職務への意欲とは別に、ひとつの決意が浮かんでいた。
 明彦さんが、私を助けてくれた。
 ならば明彦さんが窮した時は、必ず私が助けよう。私の持ちうる全てでもって、明彦さんの為に……!
 こうして私は確固たる決意と意欲を胸に、OGAMIグループに入社した。


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