オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない
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……果たしてこの人は、本当にやり手なのか? 本当に音速で、情報を巡らせているのだろうか?
「売り子が可愛いかどうかは分かりかねますが、とても気風のいい女性です。行けば弾けるような笑顔で出迎えてくれます」
「ほぉ! そうかい! 絶品の豚汁と美女の売り子さん、こりゃあ楽しみだ!」
おっと、少々年季の入ったダメ声の事を伝え忘れたか? いや、聞かれていないのだから答える必要もあるまい。
俺は喜色を浮かべる東日本統括部長から目線を外すと、供された目の前の料理に集中した。
「そういえば明彦君、君が採用選考後に内定を出した子がいたろう?」
俺が食後のコーヒーを楽しんでいると、再び東日本統括部長が水を向けてきた。
「ええ、それがなにか?」
しかも向けられたのは月子の話題だった。
「いやね、彼女、群を抜いて優秀だね。研修中のレポートやテストの成績はもちろんの事、なにより人当たりがとてもいい。どこの部署も彼女を欲しがってる」
……どこの部署も、だと?
入社から一ヵ月、そろそろ月子たち新入社員の、仮配属先の決定時期だった。
月子に対する高評価が嬉しくないと言えば嘘になるが、それによって月子が多くの部署から引く手あまたというのは、俺にとって決して望ましいものではなかった。
「今の時代にこれを言っちゃセクハラだのなんだのって問題になっちゃうけど、ここだけの話、彼女可愛いよね。挨拶ひとつ取ったって、にこにこ~っとしてさ、なんていうかいるだけで周囲までふんわり明るくなるような感じ。その上優秀とあっちゃ、そりゃどこも欲しがるよ」
東日本統括部長の言葉は、セクハラどうこうよりも、むしろ彼女の本質をよく突いた台詞と思えた。
月子とは、まさに名前の通り、周囲を柔らかに照らし出す月のような女性なのだ。
月子のつくる明るさは、ギラギラと人を焼く明るさじゃない。もっと穏やかで優しい、月光のような明かり。
そんな月子に誰もが、惹かれないわけがない。
「彼女の配属に関しては、各部の状況を鑑みて、人事部と総務部で最終判断を下すでしょう」
告げたのは、当たり障りのない台詞。
けれどこれは建前で、俺は月子を手元に置く為に、あらゆる特権を行使するつもりだった。俺は月子に関してだけは、どんな手段を使う事も厭わない。
力とは、ここぞという時に使ってこそ「力」なのだ。使わないのであれば、それは力を有さないのと同義。
月子の配属は、俺の属する経営企画室と決まっている!
「……ふぅ~ん」
東日本統括部長はそう言って、ただ頷いてみせただけ。
営業本部長にしても同じで、別段何を言ってくるでもなかった。
けれど二人の一見感じのよい笑顔はどことなく訳知りなふうにも見え、やはりその仮面の下では音速でもろもろの思考を巡らせているのかもしれないと、そう思えた。