オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

「明彦さん! 今帰りですか? それより、会議は終わったんですか?」
 待ち人の突然の登場に驚いて、矢継ぎ早に問いかけた。
「ああ、予定よりも随分とずれ込んで、やっと終わった。今日はもう帰る。それよりも月子、早く選ばねば蓋が開かなくなってしまうぞ」
「え!?」
 明彦さんがツイッとボックスの蓋を指し示す。
 つられて目線を向ければなるほど、ボックス横の【開】と書かれた小さなランプが点滅している。
「わっ、じゃあこれを!」
 私は慌てて蓋を押し開けると、八割方意思を固めていたお目当てのアイスを取り出した。明彦さんはそんな私の様子を目を細くして見つめていた。
 ……あれ?
 けれど蓋をパタンと閉じたところで、ふと気付いた。
「って、ちょっと待って下さい? どうして私が、明彦さんが投入した百円で、アイスを選んでるんですか!? 今、ちゃんとお支払いしますから」
 アイスを持つのとは逆の手で、急いで財布から小銭を漁る。
「そんなのはもちろん、月子がニコニコと嬉しそうに見つめるアイスを、俺が買いたかったからだ。だから月子から金は取らないぞ」
 けれど私が百円硬貨を差し出すより前、明彦さんが待ったを掛けた。きっぱりと代金不用を言い放たれてしまい、摘み上げた百円硬貨は渡しどころを失った。
 しかも明彦さんは、反論は受け付けないとでも言うように、くるりと私に背中を向けると、『オフィスアイス』の隣の飲み物の自販機に向かってしまう。
 私も、いそいそと百円を財布の中に引っ込めながら、明彦さんの後を追う。
「明彦さん、アイス、ありがとうございます」
 そうして明彦さんの横に並び、改めてアイスのお礼を告げる。
「ああ。よし月子、あっちでゆっくり食うか」
 明彦さんは取り出し口から飲み物を取りながら、私に柔らかな目を向けた。そのまま明彦さんは、飲み物を持つのと逆の手で私の肩をふわりと抱き、休憩スペースに促した。
 明彦さんの手は、私の肩に優しい温もりだけを伝える。いや、むしろ温もりは肩から全身に広がって、私の胸までを熱くする。
 こそばゆくって恥ずかしい。だけど、その温もりが確かに嬉しい。だけど、小林さんが突然肩に触れた時はこうじゃなかった。驚きと、それを上回る違和感があった。
 とは言え、小林さんが私の肩に触れたのは同僚としての気安さからで、私もそれに対して言及するつもりはない。
 ……ならば、明彦さんのこの手は? この手もまた、部下に対しての気安さなのだろうか?
 私以外の女性の肩を明彦さんが親密に抱き寄せる、そんな姿を想像すれば、ツキリと胸が痛んだ。
「月子? アイスが溶けてしまうぞ?」
 長椅子に隣り合って座る明彦さんが、私を覗き込むようにして告げる。その一声で、束の間の物思いから意識が今へと浮上する。
「あ、いただきます!」
 私は慌ててパッケージを破り、チョコレートでコーティングされたアイスバーに噛り付く。
 チョコレートは、パリンと小気味いい音を立てて砕け、口内で甘いアイスクリームと溶けた。
「美味しい……」
 思わず、感嘆の声が漏れた。
「そうか」
 聞き付けた明彦さんは、クッと缶飲料を傾けながら笑みを深くする。そうして明彦さんは含んだ飲料をシャクシャクと咀嚼した。
 ……ん!? 缶飲料を、咀嚼??
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