オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない
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けれど私の言葉を受けて、明彦さんは無言のまま俯き加減になって、何事か考え込んでしまった。
……っ、馬鹿!
私が明彦さんを困らせてどうするの……。膝上でギュッと拳を握った。
「すみません。勝手な物言いをして、困らせてごめんなさい。一年目の新入社員の分際で、私は何を言っているんでしょうね。私が明彦さんに協力だなんて、身の程も弁えずに……」
我が身の馬鹿さ加減に思い至れば、恥ずかしくてたまらなかった。
けれど一度口にした言葉は戻ってはくれず、私は消え入りそうな声で謝罪を告げるのがやっとだった。
「月子、それは違う!」
すると、殊の外強い否定の言葉と共に、明彦さんが身を乗り出して私の手をグッと握った。
明彦さんの大きな手が、私の手をすっぽりと包み込む。その力強い感触に、ドキリと胸が跳ねた。
「嬉しかった。月子が力になりたいと言ってくれて、こんなに嬉しい事はない。月子の言葉に困るなどあり得ない。俺が困っていたのはそうではなく……」
明彦さんは私と目線を合わせ、ゆっくりと続ける。けれど途中で、明彦さんは言葉を詰まらせた。
「……月子は新規事業についてどの程度知っている?」
明彦さんはまるで迷いを振り切ろうとでもするみたいに、握る手にキュッと力を篭める。そうしてしっかりと私を見据え、こんなふうに問いかけた。
下っ端の私は当然、新規事業の計画の詳細を知らされていない。けれど経営企画室の職務柄、概要は把握していた。
「ええっと、ホテル運営だと聞きかじっています」
大狼グループは今回の事業計画で、ホテル運営に本格参入しようとしている。もちろんOGAMIパークには併設ホテルが運営されているが、会長の肝いりで単独のホテル運営に乗り出すらしいと言われていた。
「……どんなホテルか知っているか?」
「いえ」
これには素直に首を横に振った。流石に事業の詳細までは、私の耳には入ってこない。
「端的に言えば、ラブホテルだ」
「は?」
何かの聞き間違いかと、まずは耳を疑った。
「新規事業が目的に掲げるホテルの営業形態は、対外的にはラブホテルと呼ばれる種類の宿泊休憩施設だ」
……本気で目玉が落っこちてしまうんじゃないかと思った。
それというのも私の頭の中で、大狼グループとラブホテルというのが、どうしても結びつかないのだ。
決してラブホテルを馬鹿にする訳じゃない。ないけれど……、夢と未来を育むをスローガンに掲げるOGAMIグループが、歓楽街で恋人達に束の間の愛を育ませちゃうの?
「だが、父の前でラブホテルだなどと言った日には、一瞬で首が飛ぶ。『目指すのはそんじょそこらのラブホじゃない! なにより、今回のホテル事業の目的は恋人達へのラグジュアリーでゴージャスな空間の提供だ!』と、父は常々口を酸っぱくして言っているからな」
ええっと、横文字で飾ってるけど……。
「要は、豪華ラブホテルという認識で合っていますか?」
「うむ。ざっくばらんに言えばそうだな」
……なるほど。これで全ての点が、線になって結ばれた。