オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

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 その笑みが、この場に不似合いなくらい穏やかで優しくて、トクンと胸が高鳴った。
「そうだな。ならばやはり、電源を入れて一番にこれが映し出されるのはうまくない。少なくとも、父が目指そうとしているラグジュアリーでゴージャスな空間には相応しくないだろう」
 明彦さんはそう言ってリモコンを元の場所に戻すと、大型のテレビに背中を向けた。
「……ちなみに、月子だけではない。俺とて、そういう状況は一度もない」
 すれ違いざまに、明彦さんが呟く。
 私は弾かれたように一歩分前を行く明彦さんを仰ぎ見る。けれど、明彦さんの背中はそれ以上を語らない。
 なにより呟きはとても小さくて、ともすれば聞き逃してしまいそうだった。そもそも、明彦さんに聞かせる意図があったかどうかも分からない。
 けれど、結果として私の耳は明彦さんの台詞を拾った。そうして耳にした言葉は、胸に封じた想いを膨らませる。
 ……明彦さんは誠実で優しくて、完璧なくらいに何拍子も揃っている。なのに驕らず、高ぶらず、時にユニークな一面を見せて私をほっこりとさせてくれる。そんな明彦さんに、どうして惹かれずにいられるというのか。
 ……私は、望みを繋いでいいのだろうか?
 そんな期待に、胸はずっとドキドキと、常よりも速く鼓動を刻んでいた。
「コホンッ。さて、風呂場はどんなふうになっているんだ?」
 明彦さんはひとつ咳払いをすると、バスルームに向かって、そう広くない室内をズンズンと足早に進む。
 そうしてドアノブを掴むと、ガチャリと引き開ける。
 しかし、『風呂場はどんな――』と言っていた明彦さんが引き開けたのは、何故かトイレのドアだ。
「……明彦さん、そこはトイレのようですね」
「そ、そうだな! いやなに、トイレはどんなふうかと思ってな」
 ……明彦さんが、目に見えて動揺している。
 ちなみにこれは、明彦さんが【バスルーム】と【トイレット】の表記を見誤ったというレベルではない。
 トイレは通常のドアノブ付きの開閉扉。バスルームは、その隣のガラス張りのブースだ。
 思いっきり視界に入っているガラス張りのバスルームを素通りとは、明彦さんの動揺の大きさが知れる。
「……見る限り、トイレは普通だな」
「はい」
 明彦さんはぐるりとトイレ内を見回して、パタンと扉を閉めた。そして隣のバスルームに向かい、扉の取手を掴む。
「どれ、今度こそ風呂だな。……ん、開かんな?」
「明彦さん、たぶんその扉はスライド式だと思いますよ?」
「そ、そうだな!!」
 私の指摘に、明彦さんは大仰なくらいビクンと肩を跳ねさせて、バスルームの扉をスライドさせた。
 やっぱり明彦さんは、時にユニークだ。自然と私の頬が緩んだ。
「意外と広いな」
 そうしてバスルームの扉を開けての、明彦さんの第一声。
「ほんとですね」
 ガラス張りのバスルームは開放的で、実際の広さ以上に空間がゆったりとして見える。そうしてバスタブの脇には、各種アメニティが並んでいる。
 パッと見でも、女性用のアメニティが随分と充実していた。
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