オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない
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「失礼します」
「はい、座って下さい。それでね、ここ、やっぱり折れちゃってるね。だけど心配しないで大丈夫。二ヵ月もすればすっかり治っちゃう」
そうして入った診察室で、気のよさそうな老医師からレントゲン写真を見せられながら、左腕の骨折と全治二ヵ月との見立てを聞いた。
「だけどそれには、ここ、折れたところがズレちゃってるの。このままだと、ズレたままくっ付いちゃうから、今から直しときますね」
老医師に『ここ』と示された骨折の箇所は、なるほど、素人目にも断面がズレているのが分かった。
「それじゃ鈴木さーん、押さえてー」
「はい」
診察室には複数人の看護師が待機していたのだが、老医師は何故か、件の看護師を名指しで呼んだ。
処置台に移った三郎の背後に、件の看護師はニコニコとした笑みで立つ。
「はい、いくよー」
そうして老医師はのんびりとした声を上げた直後、渾身の力を篭めて三郎の左腕を引く。
「ダッ!! アダダダダダッ!」
三郎が悲痛な声が上げ、医師の手から逃れようと身を捩る。
「はいはい、もうちょっとですからねー」
するとそこで、件の看護師が惜しみなく有能さを披露した。
看護師は、身を捩って逃げようとする三郎を、笑顔の仮面を貼り付けて一人で悠々と抑え込む。
それは俺の柔道の抑込技に勝るとも劣らない見事なものだった。
俺はこの瞬間、老医師の名指しの理由を理解した。
こうして三郎は、ズレた骨の断面を医師によって力技で戻された。俺と月子は手を出す余地すらなく、遠巻きに処置を見守った。
「はいはい、これでしっかり治りますよ。それでは、この後は会計にお回りください。モニターに番号が表示されましたら、会計機で清算をお願いします。お大事にどうぞ」
そうして、あれよあれよという間に三郎はギプスを巻いた姿になって、解放された。
その目には、薄く涙の膜が浮かんでいた。
「三郎、頑張ったね。ご褒美になんかお菓子、買ったげるよ。何がいい?」
会計を待ちながら、月子が三郎の頭をポンポンッと撫でて問う。
「……アイスクリーム」
三郎はちょっと気恥ずかしそうに、俯き加減で答えた。
「分かった。お会計が終わったら、買いに行こうね」
その時、会計の待合室の大型モニターに新しい番号が表示される。
「あ、順番が来たみたい」
月子が荷物を手に、腰を浮かせる。
「月子、俺がここで三郎と待っている。荷物は置いていって構わんぞ」
「ありがとうございます」
俺の言葉で、月子は荷物を席に戻すと、番号札と鞄から取り出した財布だけを持って、精算機の列に向かった。
「……お兄さん、月子ねーちゃんは大丈夫?」
精算機に並ぶ月子の背中を見るともなしに眺めていれば、隣の三郎が俺の袖を引き、唐突にこんな事を言った。