オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

14

「明彦さん……」
 見上げた愛しい旦那様は、蕩けるような優しい笑みで、そっと私を抱き締めた。私は甘えるようにその胸板にコテンと頭を寄せる。
 そのまましばらく、明彦さんの胸から規則的に刻む鼓動を聞いていた。
「さて、三郎がおてんば娘に手を焼いているといけないからな。土産も買った事だ、約束の時間には早いが帰ろう」
 額に優しいキスを受ける。私はトンッと伸び上がると、頬に小さくキスを返した。
「はい。帰りましょう」
 今日は、気を利かせた三郎が、あらかじめ子守りを申し出てくれていた。三郎が大好きな娘は大喜びで、指折りにこの日を待っていた。
 おかげで私と明彦さんは、久しぶりに夫婦二人きりのデートを楽しむ事が出来た。だけど不思議なもので、約束の時間を前に、私も明彦さんも残してきた娘の様子が気になって落ち着かなくなってしまったのだ。
 結局、約束の時間よりも早めにデートを終え、娘と三郎に抱えきれないお土産を携えての帰宅となった。
「……こうしてオオカミのお腹の中から助け出された赤ずきんは、言いつけを守らなかった自分を深く反省し、良い子になる事を誓いましたとさ。めでたしめでたし」
「ねぇ三郎叔父ちゃん、そもそも、どうしてオオカミは赤ずきんを食べちゃったのかなぁ? だってこのオオカミ、とっても身形がいいでしょう? 食うに困ってたとは思えないわよ」
 ところがだ、帰宅した我が家で、扉を一枚隔てた居間から聞こえてくる『赤ずきん』と、そこから派生した不穏な会話の内容に、私と明彦さんは踏み出しかけた足を止めた。
 我が娘は時に、その年齢以上に鋭い観察眼を披露する事があった。
 そうして今の台詞は、大人目線では、どうしたって含みを感じてしまう台詞だ……。
「へー、よく見てるな~。確かにこの絵のオオカミは綺麗な身形だ。まぁ要はさ、オオカミは食うには困ってなかったけど、ある意味飢えていたんだよ」
 続く三郎の台詞にギシギシと軋む首を巡らせて明彦さんを見上げれば、明彦さんもまた苦い顔をして私を見下ろしていた。
「分かんなーい!」
「……うん、今は分からなくていい。ゆっくり大人におなりよ。さて、そろそろパパとママが帰ってくるんじゃないかな。絵本はもう終わりにしようか?」
 そう締めくくると、三郎は娘の頭をクシャリと撫でて、『赤ずきん』の絵本を閉じた。
 私と明彦さんは目と目で頷き合って、そっとドアノブに手を掛けた。

『こうして赤ずきんは、オオカミとひとつ屋根の下、いつまでも仲良く暮らすのでした――』


 FIN




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