剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
 スヴェンが気配を感じて顔を上げたのとドアが開いたのはほぼ同時だった。鴉の濡れ羽色の髪と同じ双黒の瞳が鋭く光り、来訪者を捉えようとする。

 遠慮なく力任せに開け放たれたドアは激しく音を立てた。ここはアードラーに宛がわれたスヴェンの仕事部屋だ。緊急時でもない限り、ノックもなしにやって来る人物は数えるほどしかいない。

 眉間に皺を寄せ文句のひとつでも言おうとしたが、その前に部屋に現れた人物が凄みのある声で呟いた。

「五分前の自分を呪い殺したい」

 珍しく厳しい顔つきのルディガーが低い声で吐き捨てる。スヴェンは発言の内容で大方の事情を察知し警戒を緩めた。

 アードラーとして夜警団に関することならさっさと本題に入るはずだ。しかも彼なら冷静に。ルディガーの感情をこんなにも激しく揺す振るのは、スヴェンとしては、ひとりしか思いつかない。

「俺は呪術には詳しくない」

「真面目に返すなよ」

 冷たさを孕んだスヴェンの言葉にルディガーは苦々しく切り返した。顔に手をやり、大きく息を吐くと大股でスヴェンの方へ寄ってくる。スヴェンは再び書類に視線を戻した。

「どうせまた余計なことを言ったんだろ」

 やれやれといった面持ちのスヴェンにルディガーは間髪を入れずに返す。

「余計どころか言葉が足りなくて、愛しの奥さんと散々すれ違っていたのはどこの誰だよ」

 スヴェンは眉をつり上げて押し黙る。事実、その件に関しては申し開きできない。

「……結果、上手くいったんだからいいだろ」

 せめてもの抵抗にとぶっきらぼうに答えると、机の正面までやってきたルディガーは軽く肩をすくめた。
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