剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「大きな外傷もなく、頭部へのダメージもなさそうだ。嘔吐や吐血の跡も見られない。だが、状況からすると彼女の死は人為的なものだろう。おそらく亡くなって丸一日は経過している」

「話では二日前に友人のところに行くと出かけてから行方不明だったらしい」

 ルディガーの補足にジェイドは軽く頷く。

「辻褄は合うな。もう少し詳しく調べて死因を特定したいところではあるが……彼女、持病は?」

 ジェイドはそばにいる団員に目配せする。すると彼は静かにかぶりを振った。

「報告は受けていません」

「なるほど、な。色々気になる点はあるが、彼女は亡くなってずっとに仰向けにされたのではなく、しばらく違う体勢でいたのかもしれない」 

 形のいい眉をつり上げ気味にジェイドは硬い口調で告げた。すかさずルディガーが問う。

「なぜ?」

「死斑って言ってな。亡くなった後に血液の循環が止まると自然と重力に従って血液が溜まり、痣になって皮膚に現れたりするんだ。例えば仰向けなら背中に、うつ伏せなら腹に。それでおおよその死亡時期を判定したり、亡くなってからの状況を判断するんだが……」

 ジェイドはちらりとディアナの遺体に視線を向ける。

「妙なんだ。項から背にかけて死斑はあったが、どうも薄い。ここでなにかあって倒れたままでいたなら、もっと濃く現れてもよさそうだ。足首も念のため確認してみたが、特段濃いわけでもない」

 そこで先ほどのジェイドの発言の意図が読めた。彼女は亡くなってから、立ったり座った状態で放置されていたのではないらしい。とはいえ同じ体勢でいたわけではないのだとしたら……。

「おそらく彼女は亡くなってここに運ばれてきたんだ。髪を切ったのも。誰かが、なにかの目的で」

 風が木々の葉を揺らし音を立てる。反響し合い不気味な重低音はまるでアスモデウスの笑い声のようだった。
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