剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「わかっているよ。ならセシリアも俺のことは昔みたいに名前で呼んでもらわないとね」

「気をつけます」

 余裕ある切り返しにセシリアは素直に頷く。いつもみたいに『元帥』と呼ぶのはなしだ。妙にかしこまった言い方にも注意しなくてはならない。

「久々に呼んでみる?」

 肝に銘じているセシリアに茶目っ気交じりの声が飛んだ。にこやかな笑顔の上官にセシリアは思わず頭を抱えそうになる。

「必要に迫られたらでかまいません」

「固いね、シリーは」

 わざとらしく肩をすくめると、ルディガーは突然セシリアの前に立って行く手を阻み、向き合う形で正面からゆるやかに彼女の両肩に腕を回した。

 続いて、なにか物申そうとするセシリアを遮るようにルディガーは背を屈め、彼女のおでこに自分の額を重ねる。視界が急に暗くなり至近距離でふたりの視線は交わった。

「じゃぁ命令しようか。今すぐここで名前を呼ぶ」

 いつもの悪ふざけとして流そうとした。しかし『命令』という言葉にセシリアは弱い。今すぐ必要なものなのか疑問が残るところではあるが。

「ちゃんと呼んでもらえるのか不安になってね」

 セシリアの心の内を読んでか、ルディガーが笑みを浮かべたまま補足する。ついセシリアは眉をひそめた。見くびられるのは御免だ。

「呼べますよ、ルディガー。余計な心配はいりません」

 かしこまった口調は崩せなかったが、セシリアはおとなしくルディガーの名前を呼んだ。
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