剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「でもドリスに事情を聞いたら、黙り込んで詳しく教えてくれなかったの。しかもここ最近の話よ? アスモデウスに頼んだんじゃないとしたら、どんな方法があるっていうの?」

「それは俺の知った話じゃない。ここでおかしく言いふらすなら彼女に聞くべきだ」

 跳ねのける言い方に女性は顔を赤くし、今度こそ押し黙った。共にいた令嬢に声をかけその場をそそくさと後にする。

 微妙な距離感を保っていたセシリアは次の行動をどうするべきかすぐさま思索する。しかし、男がセシリアの方に顔を向けたのでふたりの視線が交わった。

「お前も興味があるのか?」

「いえ」

 セシリアは目線をはずし、言葉を濁した。極力特定の人物との接触は避けたいところだ。ところが男はさらにセシリアに質問する。

「名前は?」

「この場ではマナー違反じゃありません?」

 お互いに仮面をつけている身だ。セシリアはたしなめながら、にこやかに返した。対して男は表情をまったく崩さない。

「気になったから訊いたんだ。なにが悪い? 俺はアルツト」

 思わぬ切り返しにセシリアは面食らう。そこで考えを改めた。ここまでやりとりすれば、やましいことがない普通の貴族令嬢ならば、おとなしく従うだろう。

 ましてや相手は自分より年上の威圧的な男性だ。下手に言い返したりするのは得策ではない。

 セシリアは戸惑いを装いながら静かに答えた。

「ルチア・リサイトと申します」

「ルチア……リサイトね」

 確認するように復唱する男に、セシリアはぎこちなくも背を向けた。男性にあまり慣れていない体(てい)で目も合わさず、その場を去る。

 幸い会場は広い。他の集団に紛れ込むのはたやすかった。そこでふと今日の主催者であるホフマン卿トビウスを確認する。
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