剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「なんてね。事情があるんだ。セシリアもつらい恋をしてるのね」

 ドリスの結論にセシリアはほっと胸をなで下ろす。そしてドリスは申し訳なさげに続けた。

「美容法の件、返事を待ってくれる? 私だけの判断じゃ教えられないの。ごめんなさい」

「いいえ」

 追及したい気持ちをぐっと堪え、セシリアは短く答えた。これ以上、踏み込んで不信感を持たれるのも本意じゃない。

 セシリアは先にドリスの家を後にする旨を告げる。ルディガーとは共に来たが、あくまでも自分は橋渡し役としてだ。合わせて一緒に帰らなくてもいい。

「セシリア、何度も言うけれど本当にありがとう。また遊びに来てね」

 屈託のない笑顔を向けるドリスにセシリアは真面目に向き合う。

「ドリス、余計なお世話かもしれませんがひとりで出歩かないでくださいね。ご存知とは思いますが、ドュンケルの森の入口付近で若い女性の遺体が見つかって……」

「知ってるわ。ホフマン卿のところのディアナでしょ? 直接の知り合いじゃないけど綺麗な人だって聞いてた」

 ドリスは目線を落とし、物静かな口調で哀悼の意を示した。セシリアは迷いつつも先を続ける。

「あの、あなたがドュンケルの森に向かうのを見たって話を聞いて、それで心配になって思わず……」

 この話題を持ち出すのは一種の賭けだったが、ドリスは嫌な顔をせず、苦々しく笑う。

「そうだったの。ごめんなさい、心配かけて。実はね、この前は否定したけど一度だけあの噂を信じてドュンケルの森に足を運んだことがあるの」

 セシリアに緊張が走るが、顔には出さない。慎重にドリスの言葉を窺う。
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