剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「でもね、やっぱりアスモデウスなんていなかったわ。馬鹿よね、あんな話を信じちゃって」

「いえ」

 自嘲気味に笑うドリスだが、すぐにいつもの笑顔に戻って続けた。

「けれど行ってよかったって思ってる。だって……」

 言いかけてドリスは口をつぐんだ。急に瞬きを繰り返し、目を泳がせる。あきらかに様子がおかしい。

「どうされました?」

「ううん、なんでも。とにかく、もうデュンケルの森には近づかないわ。ディアナも不幸だったわね」

 わざとらしく話題を切り替えられた。セシリアは判断を巡らせながらもここは追及をあきらめる。

「なにはともあれ気をつけてくださいね。エルザさんにもどうぞよろしくお伝えください」

 セシリアのあまりの真剣さにドリスはきょとんとした顔になる。しかしすぐに笑った。

「ありがとう。お姉ちゃんにも伝えておくわ。それにしても私たち同士ね。片思いをしていて、さらにお姉ちゃんたちが上手くいくようにって願っていて。そうでしょ?」

「……ええ」

 人は相手に共通点を見つけると、さらなる親しみを感じる。セシリアは答えてからドリスに背を向け歩き出した。

 やはり今日は太陽が顔を見せないまま日が沈みそうだ。曇天のため地面に映る自分の影も随分と薄い。

 本当はルディガーに声をかけるべきだったのか。彼をここに連れてきたのは自分だ。ただ、邪魔をするべきではない……そう判断した。

 彼は久々に会った元婚約者とどのような会話をしているのか。玄関先でふたりが寄り添う姿を思い出し、胸が軋む。
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