剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「偶然に鹿が倒れていてね。私ひとりだと重いけれど彼が運ぶって言うから。車輪もなんとか動いてよかったわ」

「鹿肉はなかなか高級だぞ。まだ温かかったからさっさと血抜きはしたんだが、まだ不十分だ。後は家で作業しようと思ってな」

 ジェイドは料理する気満々だ。他国での暮らしも長いので自然と料理の知識も広がったのだという。

「セシリア、お前も時間があるなら少し付き合え」

 これは純粋な申し出ではなく、おそらくドリスを訪ねた件に関して彼なりに聞きたいのだろうとすぐに察しはついた。セシリアは肩をすくめ、彼らと歩調を合わせる。

「ジェイドったら、あまりセシリアをこき使っていると嫌になって逃げられちゃうわよ」

 テレサが冗談交じりにたしなめたが、ジェイドは軽く笑った。

「こいつはそんな玉じゃありませんよ」

「あらあら」

 なにか納得した表情を見せるテレサにセシリアは話題を変える意味も込め、話を振った。

「先生、薬草も必要でしょうが気をつけてくださいね。ご存知でしょうが、昨日また」

「ええ、知ってるわ。デュンケルの森の入り口付近で女性の遺体が見つかったんでしょ。ホフマン卿のご令嬢のディアナだって知って私もショックだったわ」

 皆まで言うなと言わんばかりにセシリアの話を遮ってテレサは心情を吐露した。

「彼女と直接、面識があったんですか?」

 セシリアの問いにテレサは小さく首を横に振る。
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