剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「いいえ。彼女の家は代々お世話になっている主治医がラファエル区にいらっしゃるから、うちに来たことも診察したこともないわ。でもこの町では有名な権力者だもの」

 噂の飛び交い具合を見ても、ホフマン一家に関するウリエル区の人間の関心は高い。セシリアの心配を振り切るためか、テレサは話を戻して努めて明るく返した。

「今日は森までは行けていないから。アルノー夜警団の方々もいらっしゃったし」

 それから話題はディアナの死に関してが主だった。

「髪を切った目的はなんでしょうか」

 セシリアがなにげなくテレサに意見を乞う。テレサは宙を仰ぎ見て思考を巡らせた。

「そうねぇ。呪術的なものかしら? でも持ち帰っていなかったならその場で揉み合いになったときに切ってしまったとか」

「たしかに呪術をかけたい相手の髪が必要な場合もあるが……」

 ジェイドが荷車を引きながら考え込む。

「早く解明してほしいわね。どうやら彼女は獣にやられたわけでもなく人為的に死に追いやられたって聞いたから」

 そこでテレサの診療所にたどり着き、彼女はセシリアとジェイドに少々待つように告げ中に消えた。足元には薄く青みがかった小さな花が揺れている。

 ふたりきりになったところでセシリアはジェイドに話題を切り出そうとした。しかし、その前に彼女は小さくくしゃみを漏らす。

「お前、上着は着て来なかったのか?」

「あ」

 そこでセシリアは自分の外套をドリスの家に置き忘れたことに気づいた。
< 129 / 192 >

この作品をシェア

pagetop