剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
 近くにはよく知る人物もいた。彼が話している相手はセシリアの上官であるルディガーだった。

 珍しく前髪を上げ、いつも無造作な鳶色の髪をきっちり整えている。

 着ているのはさすがに団服ではなく、定番のコートとウエストコート。中にはシャツを着込み下はブリーチズに合わせ黒のブーツという組み合わせだ。

 ネイビーを基調とした色合いに、袖口と裾には金の刺繍が施され、白いジャボが首元を覆っている。

 嫌味なく着こなしている姿はルディガーの立場に関係なく人目を引いた。現に何人かの女性たちは彼に視線を送っている。

 話しかけたい者もいるのだが、それを許さないとでも言いたげにルディガーの横にはトビウスの娘のディアナがぴったりと付き添っていた。

「ああもガードが堅いと近づけないわよね」

「せっかくアードラーがいらっしゃっているというのに」

 恨めしげな女性たちの声が耳に届く。

 ディアナは赤みがかった長い茶色の髪を綺麗にまとめあげ、主役と言わんばかりに着ている深紅のドレスも一際豪華で華やかなものだった。フリルとレースがふんだんにあしらわれ薔薇を連想させる。

 しかし本人は牡丹(ピオニー)を意識したのかもしれない。ホフマン家の徽章はシンメトリーになっている二本の牡丹だ。「花中の王」とも言われる牡丹はこの屋敷のあちこちで見かけた。

 現に重厚感あるボレロにもディアナの髪の色と同じ銅糸でホフマン家の徽章があつらわれている。彼女のお気に入りで普段から羽織っており、見る者が見ればお馴染みだ。

 主催者を差し置いて着飾ってくるほど、皆弁えていなわけではない。ここはトビウス、そしてディアナのホームだ。
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