剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
 自分の不注意さに思わず眉をひそめたが、プラスに考えたらこれでまた彼女の家に行く名目ができた。

 それにしても、言われると急に肌寒く感じる。

「どうしたの?」

 そこに中から戻って来たテレサから声がかかる。ジェイドが軽く説明した。

「いえ。上着はどうしたのかって話になって」

「あら? 盗まれたのかしら?」

「え?」

 セシリアは純粋に驚く。ドリスがそんなことをするはずがない。しかしテレサの言い方に迷いもなかった。

「だって高価なものだったんでしょ?」

「い、いえ。そんな高価なものでもありませんし、私が勝手に彼女の家に忘れてきてしまっただけなんです」

 セシリアが早口でフォローをすると、テレサの顔が急激に曇った。

「そうだったの。ごめんなさい、ひどい言い方をして。……実は私、あの家で忘れ物をしたけれど、返ってこなかったことがあるから」

「そう、なんですか」

 セシリアはぎこちなく答える。ドリスは見るからに裕福なのは間違いない。使用人も品のありそうな雰囲気だった。

 とはいえ個人的な経験からテレサが言ってきたのだとしたら下手に否定しても意味はない。この前訪れた際に、そんな雰囲気をテレサが微塵も見せなかったので少し意外だった。

 そこで、大きな瓶を抱えていたテレサが思い出したようにジェイドに差し出す。

「はい、これ。昨年頂いたものだけれどよかったら持っていって」

「ありがとうございます」

 素直に受け取ると、ジェイドは中身についてセシリアに補足する。
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