剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「ワインだよ。鹿肉の臭み消しや煮込むのにわりと量がいるからな」

「美味しくできたら是非、報告してね」

 テレサにお礼を告げ、セシリアはジェイドから瓶を受け取る。おもむろにジェイドが荷車を引いて歩き出したのでセシリアも続いた。

「で、ドリスとはどうだったんだ?」

 テレサの家から離れ、周囲に人の気配がないのを確認したところで、ジェイドから水を向ける。

「彼女の美容法に誰かが噛んでいるのは間違いありません。美容法を教えてほしいと頼んだら自分だけの判断では教えられないと言われました」

「そいつに口止めされている、というわけか」

 そこでセシリアはジェイドに突拍子もないことを申し出る。

「すみません。私にも荷車を引かせていただけませんか?」

「はぁ? こっちの方が重いぞ」

 訳がわからない表情を見せたジェイドだが、セシリアの真剣な面持ちにそれ以上は何も言わずおとなしく場所を譲った。

 セシリアは木製の引手部分に両手をかけてゆっくりと前に進み始める。車輪は軋んだ音を立てながらゆっくりと回りだした。


「なかなか重いですね」

「この鹿の体重がおよそ40kgくらいはあるだろうからな」

「そんなにあります?」

「血抜きしてるから、ある程度軽くなっているかもしれないが、それを差し引いても結構な重さだ」

「なるほど」

 セシリア自身が若くて鍛えているのもあるだろう。普通の女性でも動かせなくはなさそうだが、かなりの重労働だ。
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