剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「シリー。帰るなら一声かけてくれてもいいだろ」

 振り向く前に背後から力強く抱きしめられ、聞き慣れた声が耳元で囁かれる。回された腕は力強く、密着した背中から伝わる温もりにセシリアは虚を衝かれた。

 自分の後ろを取れる人間は限られている。とはいえ誰なのかと迷う必要もない。

「元帥」

 セシリアが反応を示すと、ルディガーは素早く彼女を自分の方に向け、背を屈めて額を合わせた。ふたりの距離がぐっと縮まり、セシリアの視界は暗くなる。

 ルディガーは自分の体温を分けるかのごとくセシリアの頬を自分の手で包んだ。

「探した。ひとりでうろうろして、なにかあったらどうするんだ」

「大袈裟ですよ。今は私服ですが、これでも夜警団の人間ですよ?」

 冷静にセシリアは反論する。対してルディガーは不機嫌そうに眉を寄せた。

「言ってるだろ。それと俺が個人的に君を心配するのとは話が別だ……こんなに冷えて、風邪を引く」

『俺はいつもセシリアを心配しているのに?』

 セシリアは自分の考えを改める。彼は上官としてだけではなく自分を妹分としても気にかけている。こればかりは、どう言っても直らない。

 エルザに会いに行く手前で交わした会話から、今は余計にだろう。

 触れられた箇所がじんわりと温かい。大きな掌の感触に不快感はなく、昔からよく知る安心させるものだ。

「すみません」

 声をかけなかった自分の判断を悔やみ、セシリアは神妙に謝った。
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