剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「面を上げて楽にしろ」

 セシリアはぎこちなく顔を上げる。クラウスは細工の施された洋灯を棚に置き、本棚の柱に背を預けると軽く腕を組んで楽な姿勢を取った。

「とくに用はない。ただいつも国王陛下でいるのも疲れるときもある。俺だってたまには、ひとりになりたいんだ」

「ならば……」

 自分がここにいては、クラウスの意に反する気がしたが、セシリアの立場を考えると、素直に彼をひとりにさせるわけにもいかない。

 身の振り方を迷っていると、クラウスはセシリアの気持ちなどまるで無視して、唐突に話題を振ってきた。

「ルディガーを振ったんだって?」

 さらりと落とされた爆弾に、セシリアは一瞬頭が真っ白になった。クラウスはおかしそうに笑みを浮かべたまま、セシリアの反応を窺っている。

 そして目を瞬かせながらも膝を折った姿勢で固まっているセシリアに、クラウスはおもむろに手を差し出した。

 セシリアは迷いながらも彼の手を取る。これでふたりを包む空気が昔馴染みのものに切り替わった。

 昔から国王になるべくして育てられたクラウスはルディガーやスヴェンに比べると接点は少ない。しかし彼の纏う雰囲気がそうさせるのか、誰よりも俯瞰し余裕たっぷりの態度がセシリアは嫌いではなかった。

 セドリックが亡くなった際、王家として責任を感じたクラウスが自分と自分の家族を気にかけてくれたのも大きい。前アードラーである父は、その地位を退いてからは国王陛下の護衛として就いている。
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