剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
 今日、はっきりと名前が挙がったのはドリスと呼ばれる娘と主催者の娘であるディアナだけだが、あそこは薄暗く人目も少ない。獣だって出ることもある。

 やはり警備の手配を再度するべきか、と考えを巡らせたときだった。

 ふと人の気配を感じ、セシリアは素早く後ろを振り返る。

 そこには先ほどアスモデウスの話題に厳しい口調で口を挟んできた、アルツトと名乗った男がいた。仮面を身につけその表情は読めない。

「どうした? 気分でも悪いのか?」

 意外にも体調を気遣われ、セシリアは目を丸くする。すぐに彼から目線をはずした。

「いえ。外の空気を吸いたかっただけです」

「なるほど」

 聞いておきながら、あまり興味はなさそうだ。だから今度はセシリアから尋ねてみる。

「……あなたは?」

「俺も似たようなものだ」

 会話と呼ぶには互いに短いやりとりだ。しかしアルツトはなにげなくセシリアとの距離を縮めてくる。

 セシリアは身の振り方に迷った。こういう場で彼女に声をかけてくる男性は珍しくない。けれど、この男の雰囲気はどこか違う。

 さらに彼はアスモデウスの話にわざわざ口を挟んできた。なにか知っているのか、その件で自分に接触してきたのか。

 セシリアは改めてアルツトの視線を受け止める。仮面の奥の瞳は漆黒で揺るがない。

 彼は優雅に、かつ無遠慮にセシリアとの距離を真正面から縮めてくる。手すりを背に自然と追い詰められる格好になった。
< 16 / 192 >

この作品をシェア

pagetop