剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
 使用人がセシリアにカップを差し出し、もてなす。前はドリスと向き合って座ったが、今はセシリアひとりだ。

「ありがとうございます。突然、すみません」

「いいえ。ドリスお嬢様をよろしくお願いいたします。なかなかお転婆なところもあって心配しているんです。この前も蛇に噛まれたとかで」

「蛇?」

 セシリアは思わぬ単語に聞き返す。使用人の女性は頬に手を添えため息をついた。

「驚きましたよ。顔が真っ青で、どうしたのかと聞けば、蛇に噛まれたと仰るものですから」

 “実はアスモデウスは蛇になる”

 アスモデウスに関する噂に繋がり、セシリアの背中に嫌なものが這う。

「幸い毒蛇ではなかったんですが、左腕に噛み跡がくっきりと残っていたので」

 そう言って彼女は自身の内側の左腕の関節辺りをさすった。

「まったくそそっかしいと言いますか。肝を冷やしました。今日も必要ないと上着を置いていかれて。いつもお使いのものは洗濯をしてまだ乾いておらず、湿っているから重たいと」

 湿っているから重たい? ……上着?

 なにかがセシリアの中で引っかかる。

 そして今までの記憶やここ連日で得た情報が一気に脳内になだれ込み、互いに照らし合わせ一本に答えを導いていく。小骨が喉に引っかかった感覚が消え、セシリアはすべてに気づいた。

 ……ああ、そういうことだったんだ。

 冗談ではなくセシリアは、足元が崩れそうになった。カップを持つ手がわずかに震える。

 一連のアスモデウスに関する件に対し、自分の仮定が怖くなる。その一方で考えれば考えるほど辻褄があっていく。

 だからあのとき、あの人はあんな切り返しを――。

 セシリアは勢いよく立ち上がった。挨拶もそこそこに失礼を詫びながら、使用人に帰る旨を告げる。ドリスが帰ってきたら外出せずに待っていてほしいとも託けて。
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