剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
 幸い、鍵は開いていた。だからセシリアは中へおそるおそる足を進める。室内は薄暗く空気も淀んでいるが、セシリアはかまわず奥まで行き、お目当ての場所でしゃがみ込んだ。

 手が汚れるのも気にせず灰や炭、燃えた木屑などを掻き分けていく。

 もう処分されているかもしれない。でも、自分の予想が正しければここにあれがあるはずだ。そこでセシリアの手にわずかに硬いものが触れた。取り出して縁をかたどるようにそっと触れる。

 外の方へ向いてわずかに差し込んでくる光にかざすと、ほのかに姿を現したそれは真っ黒で、元の輝きはまったくない。しかし形からセシリアの予想していたもので彼女は大きく目を見開いた。

「セシリア?」

 開いたドアの隙間から人影が現れる。セシリアはその人物とまっすぐに対峙した。

「いったいどうしたの?」

 驚いた声はここの持ち主の者だ。セシリアは静かに答える。

「ワインの出来を聞きに来たんです」

 訳がわからない顔をする相手にセシリアは一度唇を噛みしめてから、静かにそしてはっきりと告げた。

「……先生、やっぱりあなただったんですね。アスモデウスの正体は」

 テレサ・ブルートはいつも通り、医師の象徴である黒いコートを羽織って、灰色がかっている瞳をまん丸くさせた。

 彼女はすぐに微笑む。

「なにがあったの、セシリア。急にそんなことを言いだして」
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