剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「それに二人目の被害者、カルラは毒蛇に噛まれたとされていますが、それは注射針の跡をカモフラージュしたのでしょう。ドリスも蛇に噛まれたと聞きます。でもその噛み跡は腕にあった。よっぽどの大蛇ではない限り、上腕部辺りを噛まれるのは不自然です」

 おそらく大量の血液を抜くためには、腕とは別に太い血管を使ったはずだ。そこまで探れなかったことを悔やむ。もっと早くに気づいておけば被害は防げたのかもしれないのに。

 『実はアスモデウスは蛇になる』 『アスモデウスが出現すると雨が降る』

 あれはすべてクラウスの言う通り不都合な真実を隠すために、付け加えられた情報だ。

 テレサはふぅっと息を吐いてにこやかに笑った。

「セシリア、あなたの推理は概ね正解よ。でもね、ひとつだけ間違っているわ」

「え?」

「私が彼女たちの遺体をドュンケルの森……ベテーレンの上に置いたのは、あなたの言う通り、獣に遺体を荒らされて自分の犯行を露見されたくなかったのもあるわ。けれどそれが一番の理由じゃない」

 テレサの顔から笑みがすっと消え、彼女は顔を歪めた。

「彼女たちを綺麗な状態でいさせたかったのよ。最期の最後まで」

 テレサの声からは感情が掴めない。

「どうして、こんな真似を……?」

 セシリアの問いかけに、テレサは明後日の方向を向く。ややあってぽつぽつと語りだした。

「アスモデウスの話を最初に言い出したのはね、クレアだったのよ」

 意外な事実にセシリアは目を瞬かせた。半年ほど前に最初にドュンケルの森で亡くなった女性だ。

「薬草を採ろうとドュンケルの森に行ったときに、出会ってね。獣が出るから気をつけなさい、と言ったら彼女は『アスモデウスと待ち合わせしているの』って笑ってね」
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