剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
 続けてアルツトはセシリアの耳元で秘密を打ち明けるかのごとく声を潜めて囁く。

「もっと上手くやりたいなら次はストールくらい羽織ってこい」

 彼の発言の意図がとっさに読めない。目を遣り、表情を確認しようとすれば、アルツトはセシリアの頬に触れるためなのか手を伸ばしてきた。

 セシリアの視線も意識も男の手を追って集中する。ところが不意に接触寸前で男の手首が掴まれた。

「そこまでだ」

 低い声色に風が凪ぐ。まったく気配に気づかなかった第三者がふたりの間に割って入った。

 アルツトに向かってまっすぐ視線を送るルディガーの姿があり、彼がアルツトの行動を遮ったのだ。突然現れた男に対し、アルツトは怯みもせず口の端を上げる。

「驚いた。誰かと思えばアルノー夜警団のアードラーじゃないか。ここで彼女になんの用だ?」

 男の返し文句にルディガーはわずかに眼光を鋭くした。驚いたと言うわりにアルツトに動揺は見られない。

 アルツトから目をそらさずルディガーは告げる。

「彼女は俺が口説くんだ。悪いけど他を当たってくれ」

「そんなことを言っていいのか? ここの娘はあんたに散々熱を上げているというのに」

 手の力を緩めずにいるルディガーにアルツトは挑発めいた言い方をする。ルディガーは涼しい顔で返した。

「だとして? 君には関係ないだろ」

「大ありさ、この状況で後から来た奴におとなしく『はい、そうですか』と譲る人間がいると思うか?」

 鼻を鳴らすアルツトに今度はルディガーが笑ってみせた。
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