剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「私はね、『もうやめた方がいい』って何度も言ったわ。でも彼女たちは『もっと綺麗になりたい、細くなりたい。だから血を抜いて欲しい』って言ってきてね」

 自己暗示も大きかった。他者がしていない特別な行為によって、抜かれた血を見て、彼女たちは満足し綺麗になっていくと錯覚する。いつもより顔も白い。瀉血が快感になり、麻薬のように抜け出せなくなる。

 そうやって最初の犠牲者が出た。

「セシリアが最初に言った通り、私がアスモデウスになったのよ」

 セシリアは一歩テレサに近づき、語りかける。

「どうか、もう無駄な瀉血をやめてご自分の罪を認めていただけませんか?」

 しばしの沈黙の後、テレサは不意に妖しく笑った。

「まだよ。まだ私には患者が残っているの」

「先生、手荒な真似はしたくありません。あなたは私には敵わない」

 セシリアは警戒しつつテレサとの距離をさらに一歩詰める。しかしテレサは動じない。

「ええ、きっとそうでしょうね。でも……」

 そこでテレサの視線は入って来た入口の方に向く。セシリアもつられてそちらを見れば、わずかに人の気配を感じた。

「先生?」

 顔を出したのはまさかのドリスでセシリアは大きく目を見開く。ドリスは中にセシリアがいることに気づき、目を丸くした。

 そちらに気を取られている瞬間、テレサが素早くドリスに近づく。

「逃げて、ドリス!」

 セシリアが大声で叫んだのと同時に、テレサは懐に忍ばせていた布をドリスの口元に押し当てた。セシリアが瞬時に駆け寄ろうとする。
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