剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「来ないで!」

 テレサが声を張り上げたことで、セシリアは思わず足を止めた。ドリスの距離はテレサの方が近く、不意打ちを食らったドリスは顔面蒼白でその場に蹲った。

 テレサはセシリアに告げる。

「ヴェターの根から抽出したものよ。あなたも効果は知っているんでしょう?」

『根から抽出される成分には神経と脳を刺激し、トランス状態に陥らせたりします。摂取量が多ければ死に至ることもあるんですよ』

 ライラの説明が頭を過ぎりセシリアに緊張が走る。テレサはさらに注射器を取り出してセシリアに見せつけた。

「濃度の濃いものをこのまま彼女に注入してもかまわないけれど?」

「やめて!」

 セシリアは動かないまま力強くテレサを制した。テレサは妖艶な笑みを浮かべたままだ。形勢が一気に逆転する。

「少しでもおかしな真似をしたら、ドリスがどうなるかわかっているわよね?」

 セシリアは唇を噛みしめた。完全に自分の甘さが招いた状況だ。まさかここに現れた第三者を人質に取られるとは予想していなかった。

 テレサは親指サイズの小瓶を取り出すとセシリアに向かって投げつける。正確にはセシリアの手前の床にだ。小気味よく音を立て割れた瓶の液はさっと床に染みを作り、そこから鼻をつく香りを放つ。

 ここに来る前、ジェイドにおおよその真相を予想したものを書き残してきた。ルディガーもきっと……。

 考えられたのはそこまでだ。堪えようにも頭に靄がかかるのを止められずセシリアはその場に膝を折って崩れ落ちた。
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