剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
 沈んでいる暗闇の中を必死にもがき、なにかを掴もうと手を伸ばす。セシリアは自分の意識を強引に覚醒させた。

「うっ」

 思わず小さく呻き声を漏らし、全身を縛られている感覚に顔を歪める。

「あら、お目覚め? やっぱりあなた普通じゃないのね。丸一日は眠りから覚めない薬なのに。まだ十分程度よ」

 声が降ってくる。実際にセシリアの体は縛られていなかった。しかし体が思うように動かせず、這いつくばった姿勢で目線を上に向ける。

 吐き気を伴い、苦痛で眉をひそめる。声を出すのがやっとだった。

「ドリス、を放して。ドリス!」

 ドリスは椅子に座らされ、目は開いているものの焦点が定まっていない。セシリアの呼びかけにもまったく反応を見せない。

 その隣で瀉血の準備をしていたテレサが哀れみを含んだ顔でセシリアを見下ろす。

「無駄よ。彼女の意識はヴェターの影響でおぼろげなの。よほど大きな衝撃やショックを与えない限り、正気には戻らないわ」

 そう言ってテレサは注射針を肘掛けに置かれているドリスの腕に近づける。裾は捲り上げられ、ドリスの白い肌が露出していた。

「先生、やめてください!」

「これは彼女が望んだことなのよ」

 違う!

 叫びたいのに声を出すのもつらい。セシリアは歯を食いしばって自分を奮い立たせる。 

 しっかりしろ!

 セシリアは体に力を込め、ゆるやかに身を起こし立ち上がろうとする。さすがにテレサは手を止め、驚いた面持ちでセシリアを見つめた。

「なんてこと」

「彼女を、離して」

 セシリアは裾に隠していたナイフを右手に滑らせて構える。ところが手に力が入らない。それはテレサから見ても明らかだった。

「やめなさい。彼女に当てる気?」

 テレサはわざとドリスに身を寄せた。テレサの言い分はもっともだ。セシリアも正直、この状態でうまく当てられる自信もない。しかもチャンスは一回だ。
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