剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
 失敗すれば今度はどんな薬で眠らされるか。ドリスの身もどうなるかわからない。

 ドリスになにかあればエルザはきっと悲しむ。そうなればルディガーだって……。

『それにしても私たち同士ね。片思いをしていて、さらにお姉ちゃんたちが上手くいくようにって願っていて。そうでしょ?』

 守ると決めた。同じ轍は踏まない。

 荒い息をぐっと飲み込み、セシリアは全神経を手先に集中させる。彼女の瞳はもう揺れない。ドリスに注射針を当てているテレサもさすがに緊迫めいた表情になる。

『先を見越して、相手の動きを予想して投げるんだ』

 ――兄さん。

 セシリアの手から渾身の力が込められたナイフが飛んだ。しかし、それはテレサにも、ましてやドリスにも届かない。まったく見当違いの方向に飛んでいき、テレサは訝し気な顔になる。

「どこを狙って……」

 ナイフの行方を追ったテレサは大きく目を見張った。ナイフは倉庫の棚に並べてあった樽に刺さっている。そして次の瞬間、大きな音を立て、樽が破裂した。

 発酵が進んだ樽の中では膨張した空気が充満していた。それが外へと一気に勢いよく抜けていく。

「なっ」

 ひとつの樽が爆発し、上に重ねていた樽がバランスを崩し床に落ちる。衝撃で他の樽も連鎖し、けたたましい音と匂いが倉庫内に広がっていく。

 ワイン作りの発酵過程では樽の内部の空気が膨張するため、ある程度余裕を持って中身を入れておくものを、テレサは液体で満たしていると言っていた。

『丈夫よ。雑菌が入らないように中身をいっぱい入れているけれど、一つひとつは小さい樽を使っているから』

 おそらくいくつかの樽にはワインではないものが入っている。それをカモフラージュするためワインを作ったのだ。

 前者は充満させても平気かもしれないがワインはそうはいかない。
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