剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「はいはい、どうした?」

「こんにちは。マイヤー先生」

 ごく自然に話しかけたセシリアの姿を見て、出てきた男は硬直した。黒いコートを羽織り、青みがかった黒髪は癖がついて、右目にはモノクルを装着している。どこか抜けた雰囲気のある青年だ。

 彼の金縛りはすぐに解け、ふっと含んだ笑みを浮かべる。その表情にはたしかに見覚えがあった。

「やぁ。診察に来たってわけじゃなさそうだな」

「初めまして……と言った方がいいですか?」

 団服姿のセシリアの問いに男は笑う。あのときとお互いに姿も名前も違うが、どちらも確信している。

「そうだな。歓迎しよう。アルノー夜警団のルディガー・エルンスト元帥の副官であるセシリア・トロイがわざわざ訪ねてきてくれたんだ」

 セシリアは内心で警戒心を強める。アードラーともなるとその名は知れ渡っていても不思議ではないが、副官の自分のフルネームまで知っているこの男はやはりただ者ではない。

 彼は間違いなくホフマン卿の夜会でアルツトと名乗った男だった。セシリアの顔色を読んだ彼が、面倒くさそうに彼女を中へと促した。

「事情は中で話してやる。知っているだろうが、俺はジェイド・マイヤー。ここで医者をしている」

 内部は診療所らしくベッドもある。棚には多くの書物や瓶詰された薬草などが所狭しと並んでおり、鼻をつく独特の香りが漂っていた。

 隣にある大きめのソファに座るよう指示され、セシリアはおとなしく従う。いざというときのため、それとなく脱出のルートの確認も怠らない。
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