剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
 部屋の中に視線を飛ばしていると、アルツトもといジェイドが質素なカップをセシリアの前に置いた。中には黒い液体が並々と注がれ湯気が立ち込めている。

 低い木製のテーブルを挟み、ジェイドも腰を下ろした。手にはセシリアと同じカップを持っている。

「ま、お互い妙な腹の探り合いはやめるとしよう。早速だが、どうしてここがわかった?」

 言葉通り、単刀直入なジェイドにセシリアはおもむろに口を開いた。

「ホフマン卿の夜会に呼ばれるのは、基本的にこの区域の人間が大半でしょう。一応、招待客の身元は約束されています。宿泊客について伺いましたが、あの夜に彼の館に泊まった遠方の人間にあなたらしき人はいなかった。ならウリエル区の人間です」

「それで?」

 ジェイドは口元に笑みを浮かべ、カップの縁に口をつけながらも聞く姿勢を取っている。

「あなたは名乗るとき、姓を言わなかった。あのような場所で、それをするのは本名だけれど素性を隠したいからか、ほかになにか意味があるからです。偽名ならむしろ名乗っていたでしょう」

「お前みたいにな」

 ジェイドが茶々を入れたが、それに関してはこの際無視する。

「あなたは別れ際にわざわざ繰り返し私に名前を告げた。まるで印象づけるように。『私はアルツトだ』と。言い方も引っかかりました。そして、アルツトという単語はどこかで覚えがあったんです。“Arzt”他国の言葉で医師を意味しますね」

 当てられて悔しいというよりジェイドの顔は楽しそうだ。カップを机に置いて体勢を改める。セシリアは淀みない説明を続けた。
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