剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
「って、あいつなら言うんだろうな」

 セシリアは頬を紅潮させ、唇をわなわな震わせた。しばらくして瞳から大粒の涙が零れ落ちる。

 わざとセシリアの感情を揺さぶって泣く理由を作ってやると、セドリックはセシリアとの距離を縮めて頭を優しく撫でた。大きくて温かい手がセシリアの涙腺をさらに緩ませる。

「こうでもしないと、お前は素直に泣けないからなぁ」

 昔から厳しい父の手前、セシリアは泣くのが苦手だった。子どもだろうが、女だろうが泣けば父は鬱陶しそうな顔をし、機嫌をさらに損ねてしまう。

 感情を露わにすれば、相手に付けこむ隙を与える。そう叱責されてきた。

 おかげで、ずっと我慢して泣かないようにしてきた。ルディガーに婚約者がいると聞いたときもショックではあったが泣きはしなかった。

 そんな中、セドリックだけはいつもこうして溜め込んでいるセシリアの感情を吐き出させてやる。

「大切な存在は妻や恋人だけとは限らないだろ? セシリアが割り切れるなら、これからもあいつのそばにいてやれ。ルディガーがお前を必要とする日が必ずやってくるから」

 軽く鼻をすすってセシリアは涙声で尋ね返す。

「……兄さんがそばにいるのに?」

 副官の兄ではなく、自分がだろうか。セドリックはいつになく真剣な面持ちで答えた。

「未来は誰にもわからない。見返りが欲しいなら辛くなるだけだろうから勧めはしないが。そのときが来たらセシリア自身が決めればいい」

 そのときはいつ来るのか。どういうときを指すのか。尋ね返したい気持ちを封じ込ませるほどに兄の表情は摯実(しじつ)そのものだった。
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