剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―
 最近、夜警団が緊張状態にある国境付近や国外に派遣されるなど、他国を必要以上に刺激しているという不穏な話がどうも多い。

 国王の意向らしいが『必要最低限の介入を』というアルノー夜警団の基本理念に反しているのでは、と疑念を抱く者も少なくはなかった。

 しかし不敬罪で捕まりたくもない。声を大にして言える者はいないに等しかった。

 おかげでセシリアとしては手放しに彼らの活躍を喜べない。前ほど頻繁に会えなくなったのを寂しく感じるよりも先に心配が付きまとう。

 待つだけなのはもどかしい。セシリアも次の年で十五になる。結婚も夜警団への入団も許される年齢だ。

 厳しい冬を耐え抜き、草花や動物が目覚める春近く。空が澄み切ったある晩、月は闇夜にその姿をすべて晒けだし、煌々と輝いていた。

 自室の窓からセシリアは空を眺める。落ちてきそうなほどの大きな満月は神聖さを湛えつつ逆に胸騒ぎも覚えさせる。

 たしか今、兄たちは南国境付近へ赴いているはずだ。あそこは殊更情勢が不安定だと聞いている。この月は彼らも照らしているだろうか。

 セシリアは兄から譲り受けた短剣を鞘から抜いて慎重に窓際に置いた。刃の部分に月を映し、静かに願う。

 どうか皆、無事でありますように。

 今回もきっと大丈夫だ。そうに決まっている。彼らが戦場に身を置く機会は何度もあった。それなのにセシリアの心を覆う陰はいつになっても晴れなかった。

 空にも薄雲が現れて月をぼやかせていく。まるでなにかの予兆だった。
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